少し遅れたバレンタインネタSS

    【あらすじ】

 それなりに普通の高校生をしている俺だが、十七年も生きていればそれなりの過去もある。
 とは言えそれなりの過去。忘れることは出来なくてもいつもいつも覚えてるほどじゃない。
 そう、それこそ何か、キッカケでもない限り――














 学校の屋上というと最初に浮かぶのは小学校低学年の時。何かの授業で屋上に出て方角の勉強をした事だ。
 小学生が屋上で出来る事なんて限られていて、遠くに見える家々を見て友達と騒いでいただけだった。思えば、あの頃は幸せだった。何も考えなくとも楽しい事が向こうからやって来るような、そんな気が抜けた日々を送っていた。俺の場合、それは少し人よりも短い期間ではあったけど……いや、やめよう。俺はこれから、日常の小さな幸せを掴みに行くんだ。

 高校の屋上は、小学校のそれよりも広く、そして閑散とした場所だ。薄汚れたコンクリートはこの曇天と同じ色に染まり、冬の冷たい風に晒され触るとひんやりという擬態語では足らない冷気を宿している。だから普通立ち寄る人は居なくて、こんな所に来ている俺は変わり者って事だ。
 とは言え、長居をするつもりはない。目的を果たしたらすぐに温かい校舎に戻ろう。
 扉を開け、左に曲がって壁沿いに進みそこにあるちょっとした窪みに置いておいた缶紅茶を……

 「……ない」

 いや、冷静に考えてみよう。時系列に沿って思い出せ。朝、自販機でホットのミルクティを買った俺は冷ますために屋上の隅っこに缶を置いた。それは最早日課になっているため今更誰かに取られるなんて事は考えがたい。だったらまぁ、素直に探してみるべきだな。

 「つってもなぁ、風に飛ばされるような物じゃないし」

 とりあえず窪み周辺を見てみる。何も見つからない。

 「誰かに取られたか……」

 まぁ、そういう事もあろう。そんな品の良い学校でもないし、屋上にミルクティを放置する俺が悪いんだ。
 やれやれ、と腰に手を当て上を見上げる。

 「……」

 「……………」

 眼が、在った。
 眼が、合った。

 屋上の扉がある出っ張りと言えばいいのだろうか。その上に、おそらく梯子から登ったのであろう、女の子が座っていた。リボンの色からすると同級生。おそらく天然の癖っ毛なのだろう、ウェーブを描く髪をセミロングに伸ばした彼女は、三角座りして何かを食べていた。

 「……(ぺこり)」
 
 ごくり、とミルクティを使って食べていた何かを飲み込んでから、彼女は俺に会釈をした。思わず俺も会釈して

 「いや、それ」
 
 我に返る。

 「……(これ?)」
 
 ミルクティを持った左手を少し挙げ、確認の動作を返される。

 「そう、それ。俺のなんだけど」
 
 屋上に放置されていた物を飲むのは、衛生観念的によろしくないと思うのだが。拾い食いと同じじゃないか。

 「……忘れ物かと」

 「忘れ物だからって飲むなよ」
 
 初対面だが、まぁ同級生らしいからタメ口でいいだろ。もっとも、上級生であろうと人のミルクティを飲むような人に敬語を使う気はないが。

 「…………名前を書いておかないのが悪い」
 
 小さな声だが、はっきりと感じられたのは開き直りの意志。くそっ、こういう奴が将来クレーマーになるんだ。

 「缶に名前なんか書くかよ」
 
 ホットコーヒーに大変熱いためお気を付け下さいと書かないといけない時代だ。ホットなんだから熱いに決まってるだろうに。何考えてるんだかクレーマーは。別に直接被害にあったわけじゃないけど。

 「第一」
 
 びし、と指を指された。こいつ、初対面なのに容赦ねぇっ!

 「寒いのに、わざわざ屋上で冷やすなんて、気が狂ってる」
 
 いちいち言葉を区切るのは癖なのか。しかしその物言いが俺を更に苛つかせる。

 「ホットしか売ってねぇんだよ。けど、冷やした方が好みなんだ」

 「…………変なの」

 「余計なお世話だ!」
 
 自分だってこの寒い中屋上に居るってのに。

 「……じゃあ」
 
 何を考えたのか、語調を変えてごそごそと俺からは見えない所を漁り始めた。なるほど、交換として何か渡そうというのか。それだったらまぁ、俺も構わないが。

 「これを、お詫びという事で」
 
 予想通り差し出されたお詫び。それを受け取ろうと手を伸ばし……
 
 「……いや、いい。帰るよ」

 「え……?」
 
 扉を閉め、思わず荒くなった呼吸を沈め、胸に手を置き、フラッシュバックする記憶を塞ぐために眼だけは見開き、息と共に吐き出した言葉は。

 「チョコレート……か…………」




 「ね、おにぃ」

 「……なんだよ」
 
 ソファーに寝そべり地上波初放映映画を見ていた俺に、妹が話しかけてきた。ソファーの背もたれに後ろから寄りかかり、俺の顔を覗き込んでいるその顔は、雀の巣を見つけた時の猫、とでも言えばいいだろうか。悪戯心に溢れた表情をしていて、俺は背筋が冷えるのを感じた。テレビの中のゾンビより、ずっとタチが悪い。

 「先輩から聞いたよ。女の子にミルクティ取られて逆ギレしたんだって?」

 妹は俺と同じ学校(中高一貫なのだ)に通う中学生だが、所属するバスケ部はコートの都合上で高校生と一緒に練習するらしい。そのせいで変な繋がりが出来て、見知らぬ同級生に突然話しかけられたりする。
 家ではだらしがないが、学校ではしっかり者として知られている…らしい。いつかその化けの皮を剥がしてやろうと企てているのだが、中々チャンスは訪れないのだ。

 「別に、キレちゃいねぇよ」
 
 それはさておき。妙な噂を広めさせる訳にはいかない。妹は女子らしく噂好きで、二月ほど前には、俺が男前で人気の男優について「俺も、格好良いと思うけどな」と言ったら俺が学校内でホモキャラになっていたという事件が妹の手によって起されている。俺の日常は家族によって脅かされているのだ。

 「えー。でも、先輩は『君の兄は、女の子に手を伸ばされた瞬間鬼の形相をして屋上から出ていったのだ!』って」

 「そんな顔しねぇよ! 大体、その先輩ってのはどこからその様子を見てたんだよ」

 あの時は、他に誰も居なかったはずだ。ミルクティを探した段階で気づいているはず。

 「ああ。先輩、アベックウォッチングが趣味だから」

 「アベックウォッチング?」

 「双眼鏡を使って、B校舎三階の教室から屋上を見てるの。それで、誰と誰が付き合ってるとかの情報を集めるんだって」

 「……集めてどうするんだよ」

 「さぁ。知るだけでも楽しいんじゃない?」
 
 悪趣味な……しかし、あんまり屋上で迂闊な事は出来ないって事か。別にする気はないけど。

 「まぁ……しょうがないよね」
 
 突然、妹が俯き気味に言った。ホラー映画はクライマックス前の一致団結シーンに移っていて、物悲しげなピアノの曲がバックに流れている。それが妹の語調と奇妙にマッチして、俺の顔も思わず険しくなった。

 「おにぃに、アレは……NGだもんね」

 「別に、名前くらい言っていいよ。……見たくは、ないけどな」

 「悪気はなくても、チョコは…………ね」
 
 チョコレート。俺の、最も苦手な食べ物。

 「もうすっかり治ったのに。ニキビ」

 「……怖いんだよ」
 
 小学生の頃、俺は毎日のようにチョコレートを食べていた。母親が食に緩いから、食べたい物を食べたいだけ食べるのが子供らしくていい、と考えているから。そして、太る事もなく、チョコレートの脂肪分・糖分が行き着いた先が……顔。

 小学校で一番にニキビが出来、相談に行った先生すら苦笑いするような酷い肌になった。今テレビに映っているゾンビのような肌だった。当然、そんな顔をしていれば虐められるようになり、自分の顔の異常さに自覚は持たざるを得ないから、文句も言いようがなくて……俺は、不登校になった。

 毎日毎日皮膚科に行き、食生活を改善して出来る事は全てやって、一日一日をニキビを治す事だけに費やした。そして手に入れたのが、今の肌。

 「もうすぐバレンタインだよ? チョコ、どうするの」

 思わず述懐していた俺を、妹の言葉が引き戻した。

 「……お前にあげようか?」

 「人が貰ったチョコなんか食べたくないし」

 「ごもっとも」

 「あ、でもお母さんはどうかな。甘い物好きだし」

 「ダイエット中だよ。今だって、夜間ジョギング行ってる最中じゃねぇか」

 「ごもっとも……」

 ……仕方ない。また断るか。

 言う事でもないが、俺はそれなりにモテる。
 童顔で、肌がつやつやで声も高くて小っちゃくて可愛い(全て妹談)からだそうだ。事実、俺の背は妹と大差なく(それでも1cmは勝っていると自己弁護させて貰いたい)親にすら姉妹だったら良かったのにと言われる。しかし、男に対して可愛いは褒め言葉にはならない。女は何故それが理解出来ないのか。

 「あーあ。そうやっておにぃはフラグクラッシャーの異名を定着させて行くんだね」

 「それ広めてるのお前じゃねぇかよ」

 「あ、フラグと言えばさ」

 「下手な話題逸らしに付き合ってやる優しい兄に感謝しろよ」

 「その、屋上の先輩。結構フラグ立ってるんじゃない?」
 
 言われて、思い出す。緩やかなカーブを描く髪、指定のスカートから伸びる白い足、可愛らしい子リスの様な瞳……

 「フラグ立ってたら、なんだってんだよ」

 「モテるんだから、彼女作れば?」

 「……別に、必要ねぇよ」
 
 彼女が欲しくない訳ではない。ただ、……不登校時代から、なのだろうか。人との距離が、分からない。だから、あまり近くに居たくは、ない。

 「あー、そうだよねー。こんな可愛い妹が居るんだから彼女なんて必要ないよねー」

 「言ってろ」
 
 まぁ、不登校の時でも妹とは話をしていた訳で。
 酷い顔面になった俺に、いつも通りに接してくれていた。多少引きつった笑みを浮かべていたような気もするが……

 「でもさ。謝った方がいいよ。その人に」

 「あー……やっぱそう思う?」

 「思う」
 
 理由はどうあれ、俺がいきなり立ち去ってしまい相手は驚いただろう。悪気はなかったはずだ。だったら、謝らないといけない。

 「クラスとか分かんないの?」

 「いや……同級生ではあると思うんだけど」

 「そしたら、屋上で待つしかないかなぁ」

 「そうなるよな……寒いのに」

 「一緒に行ってあげようか?」

 「馬鹿言え」

 「ぶーー」
 
 こちらの気も知らず暢気に頬を膨らませる妹を見るが、不思議と腹は立たない。自分には足りない、明るさのような物を感じるからだろうか。
 ともあれ、明日屋上に行ってみよう。
 映画はエンドロールの直前で、どうやらハッピーエンドだったようだ。




 「…………よしっ」
 
 昼休み。屋上への扉の前。最早慣れた場所ではあるが、今日に限っては慣れない事がある。だから少し気合を入れて、俺は扉を開けた。
 隔たりが無くなった瞬間、襲ったのは風。冷気を孕んだ風が、俺の足を止めようとした。

 「さむっ」
 
 早速出鼻を挫かれた気がするが、気にせず歩みを進める。目指す場所はすぐそこだ。今度は壁沿いを右に曲がり、錆び付いた梯子へ。そしてそれを掴み、上る。程なくして壁が無くなった。代わりに現れたのが

 「……」

 俺の顔を見て、驚きの表情を浮かべる女の子。手にはチョコレートを持っている。

 「……あー、その、なんだ」

 正直、居るとは思わなかった。今日はいつにも増して寒く、昼とはいえ風も強いからコートが手放せない日だ。だから、不意を突かれた俺は、言おうとした事を全部忘れてしまっていて。

 「こ、この間は……いや、昨日か。昨日は、えー、だからだな」
 
 挙動不審な男に成り果てた。一言謝りに来ただけなのに、何故か口が動いてくれない。

 「……(くすくす)」
 
 僅かな、小さな音が聞こえた。その音で我に返り目の前の女の子を見ると、チョコを持っていない方の手で口元を抑え、小さく笑っていた。

 「な、何笑ってんだよ」
 
 急に恥ずかしくなる。ああくそっ、妹に唆されたな。謝りになんて来なければよかった。

 「……なにしに、来たの?」
 
 一通り笑い終えた彼女がか細い声で尋ねた。
 
 「この間は、急に帰ってすいませんでした。別に気分を害されたわけじゃないから気にしないでください」
 
 考えていた文章を淡々と告げた。本当はもう少しちゃんと謝ろうと思っていたが、もうそんな気分でもない。

 「……そんな位置から、謝られても」

 「…………分かったよ」
 
 まぁ確かに、謝るのに梯子から身を乗り出して、というのも無かろう。俺は渋々梯子を登り切り彼女と同じ視線へ。

 「この間は、悪かった」

 「許さない」

 「うそんっ!?」

 「うそ」

 「どっちだよ!」
 
 表情筋があまり動かないので真偽が分かりづらくて困る。

 「……じゃあ、交換」

 「交換?」
 
 何と。ていうか、何を?

 「……許すのと、何で、逃げたのか」

 「だから逃げてねぇっつの……」
 
 しかし……そう来たか。まぁ気になるわな。

 「分かったよ。長くなるから、掻い摘んで話すな」

 「……(こくり)」
 
 別に隠す事じゃない。お互いに名前も知らない行きずりの男女……なんか演歌チックだけど。とにかく、それで相手の気が晴れるなら話してやろう。

 「俺は幼稚園の頃からチョコレートが好きで、母親にねだってよく買って貰ってたんだ。母親自身が甘い物好きってのもあったんだが…………まぁそんな訳で、しょっちゅうチョコを食ってたんだ」
 
 思えば、誰かにこの事を話すのは初めてかも知れない。隠していた訳じゃないけど、でも、こんな事を話す機会なんて中々無くて、だから誰にも話せずにいた。

 「それで、小学生になって、まだチョコは大好きで、毎日バクバク食ってて……小学校、五年生の時にさ」
 
 思えばそれは言い訳だったのかも知れない。汚かった肌を隠す仮面のように綺麗な肌を身につけて、それで自分の汚さを隠していた。

 「学年で一番にニキビが出来てさ。すんげぇブツブツになって、それで………」
 
 ちらり、と。彼女の顔を見る。
 表情は相変わらず読めない。しかし、その目の中には、何かを感じられた。俺の話に対する真剣さ? 明るくない話を聞いてしまった事への誠意? 違う。
 それは、単純な事だった。彼女は俺に向き合っていた。俺の話に対して一切の懐疑を捨てて、ただ受け入れている。何故初対面の俺にそんな態度を取れるのだろうか。

 「虐められて、さ。不登校になったんだ。小学校を。それで皮膚科に通い詰めて、ニキビは完璧に消えた。つっても、まだやっぱりチョコを食うのには抵抗があってさ。またニキビが出来ちゃいそうで……チョコは特にだけど、甘い物全般が食べれなくなった」
 
 口に出してみれば案外短い話だった。掻い摘むまでもなく説明は終わった。

 「俺の話はこれだけ。大した話じゃないだろ?」
 
 再び彼女を見る。変わらない表情はそのままに、手のチョコがいつの間にか消えていた。

 「……ごめん」

 「何で謝るんだよ」

 「一回目は、不慮だった。……だけど、これは、無理に聞いた。だから」

 「嫌じゃなかった」
 
 気持ち俯きがちに喋る彼女の言葉を遮り、俺は……本心を告げる。

 「…………」

 「嫌じゃなかったよ。人に話したのは初めてだけど、意外と嫌じゃなかった」

 それはきっと、俺の話を聞いてくれた彼女へのお礼だから。

 「……それなら、いい」

 「ああ、いい」
 
 わずかにだが、彼女の雰囲気が解れた気がした。なるほど、これが彼女の笑みなのか。分からなかったことが段々と理解されていく。

 「そう言えば、何でお前はこんな寒い所でチョコ食ってるんだ?」

 「……室内は、温かいから、歯応えが悪くなる」

 「……なるほど。随分とコダワリがあるんだな」

 「おふこーす」

 「何で急に英語なんだよ」

 「……気分」

 「はぁ」
 
 そんな気の抜けた会話をくり返している内に昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り、俺たちは名前も聞かないまま別れた。

 だけど、何となくまた会う気がする。いや、また会いたいと思った。
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by Iris-of-Amber | 2011-03-23 21:09 | 小説(オリジナル)


SFと青春小説しか書かない(書けない)遠山悠夏の小説公開&広報&備忘録。


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